先日、甲斐市立竜王図書館にて開催された講演会『生きている言葉~辞典編集から見た日本語~』を聴いてきました。 出版社「岩波書店」の辞典編集部副部長・平木靖成さんによる、辞典(広辞苑)と言葉の関係にまつわるお話は大変興味深く、夢中で聴き入ってしまいました。
『舟を編む』に取材協力した辞典編集者さんによる講演
登壇された平木靖成さんは出版社「岩波書店」の辞典編集部で副部長をされており、「広辞苑」第7版では編集責任者も務められました。
小説家・三浦しをんさんによる、辞典編集者を主人公として描いた作品『舟を編む』にも取材協力されているのだとか。
松田龍平さん主演で実写映画化もされていますね。 会場内には原作や映画で『舟を編む』を楽しんだことのある人がたくさん居るようでした。
そういえば、僕はTVアニメ版(2016年放送)で『舟を編む』に触れていたことを思い出しました。
言葉の移り変わりと辞典改訂の関係を知る
辞典編集者の仕事内容を描いた作品である『舟を編む』のことを知っている人が会場内に多かったためか、「辞典編集者」に関する詳細な解説は省きつつ、本題である「辞典と言葉」についてのお話へ。
その前にちょっとした余談として、『舟を編む』の作中でみられた「言葉を紙のカードに書いて集める」のが現在では「パソコンに入力して集める」方法に変わっているという話が挙がっていました。
「ことがら」の事典と「ことば」の辞典
まず始めに説明されたのが、「事典」と「辞典」は似て非なるものということでした。
物事や事柄に関する知識が集められた「事典」に対して、「辞典」は言葉としての意味や使い方がまとめられたもので、同じ「じてん」であってもその性質は全く異なるものだそうです。 今まであまり意識したことがなかったので驚きました。
ここでは「花」を例として、事典と辞典それぞれの違いが挙げられました。
【事典】 種子植物で花びら・雌しべ・雄しべを持つ–など、学術的な解説となっている。
【辞典】 「華やかなもの」・「きれいな花びらを持つ植物」など、各人の頭の中にある「花」に対するイメージを言語化している。
ちなみに業界内では区別しやすくするために、事典を「ことてん」、辞典を「ことばてん」と呼んでいるのだとか。
正解のない辞典、変化する言葉
辞典というのは、ひとつの言葉に対して多くの人が共通のイメージを頭の中で思い描けるように言語化したもので、正解というものはないのだそうです。
辞典編集者さんは、どのような言葉を選べば意味がわかりやすく伝わるかという点に苦心されるそうで、同じ言葉でも辞典によって書かれ方・文量が異なると話されていました。
そのほか、時代の流れともに新たに生まれる言葉や意味が変化していく言葉についても実際に例を挙げて紹介されており、本来の意味や誤用のもとになった言葉について聴くたびに会場からは「へぇ〜」という声がいくつも上がりました。
紹介された言葉すべてを挙げることはできませんが、中でも僕が特に驚いたのは「あたらしい」は本来「あらたしい」が正しいことです。
今まで何の疑いもなく「あたらしい」と使ってきましたが、これは誤用が一般に広まって定着したものなのだとか。 初めて知りました。
辞典との付き合い方
講演のまとめの中には、「言葉に対する世の中の最大公約数(共通するイメージ)としての用例」が載っている辞典という存在をものさしにして、自分の言葉使いと比較してみてはどうかという話も出てきました。
辞典に載っていることが正解というわけでは決してなく、世の中にあふれる言葉を集めたものであるという事実をふまえた上で自由に言葉を使うことを楽しんでほしいとのことです。
今回のお話を聴いて、母語として何十年も当たり前のように使ってきた日本語のまだ知らぬ一面を垣間見たような気分になりました。
今まではさらりと読み流してしまっていた辞典の解説文も、これからは少し違って見えそうです。
う〜ん、もう一度『舟を編む』に触れたくなってしまったぞ。